(24)『されど われらが日々─』

柴田翔 『されど われらが日々―』  2007年4月

小田島 本有    

 たまたま古本屋で手に取ったH全集をきっかけに、婚約していた文夫と節子の関係の危うさがしだいに浮き彫りになっていく物語。『されど われらが日々―』をそう要約することは可能だろう。しかし、作品の眼目は二人の関係に限定されるものではなく、同時代を生きた若者たちの青春群像を描き出すことにあった。
 この作品では多くの挫折者が登場する。
 佐野のように裏切り者の自覚を拭い去ることができずに自殺した者もいれば、野瀬のように六全協での共産党の方向転換に激しい衝撃を受け自信を喪失したものの、後に大手企業に入ってエリートコースを歩んでいる者もいる。節子は大学生の頃、その野瀬の忠実な生徒であり、本人も知らず知らずのうちに彼を愛していた。しかし、野瀬の挫折は彼女の熱い思いを冷めさせることにもなった。その一方で、当時は「日和見」「小市民的」などと非難を受けながらもそれらに耐え、自分のスタイルを貫いた曽根のような人物もいる。
 このような人物と比べると、「私」こと文夫は非政治的人間であったという点で異質な存在であったと言える。自己の中に抱えた空虚感を埋めるための方便がトレーニングとしての受験勉強であり、大学合格後の女性たちとの恋愛とは言い難い関わりであった。このある意味でのいい加減さは優子の自殺によって復讐を受けることになるのだが、彼にとってこれは自らの空虚さを改めて再確認する体験であったと言ってよい。
 文夫と節子はいとこ同士であり、二人の婚約も当事者の積極的な意志からではなく、周囲の勧めによるものであった。しかし、最初からこの婚約には馴れ合い的なものがあったのではないか、と疑問を投げかけるようになるのは節子の方である。ささやかな幸福を求めていたという点では文夫も節子も同じである。しかし、自分が相手に要求するばかりであることに節子は気づかされた。気づいていてもそれを決して口に出そうとしなかったのが文夫であったのとは実に対照的である。
 節子が文夫との婚約を解消し、東北の田舎で英語教師となるべく旅立っていくのは作品の流れからして必然的な結末であった。自分の空虚を見つめ、そこに自閉するのではなく、過去の自分と訣別する勇気をもつこと。その大切さをこの作品は訴えているし、読後にある種の清涼感が残るのはそのためと思われる。
 学生運動は過去のものとなった。しかし、今の自分に納得できず、新たな自分を見つけようと模索する若者は決して少なくない。そのような若者がいる限り、この作品は今後も生き続けるはずである。