(79)『千羽鶴』

川端康成 『千羽鶴』2011年11月

小田島 本有    

 息子が亡父のかつての愛人のみならず、その娘とも肉体関係をもってしまう。こう要約してしまうといかにも猥雑で、救いようのない印象を与えかねないが、そこに〈形代〉というテーマを絡め、茶道を背景とした美しくも哀れな物語へと昇華させたのが『千羽鶴』に他ならない。
 三谷菊治は栗本ちか子の催す茶会に招かれ、そこで偶然亡父の愛人であった太田未亡人と、その娘文子に出会う。この母子が訪れるのは、主催者のちか子にとっては想定外であった。
 菊治はかつて太田夫人に対して敵意を抱いていた人間である。しかし、数年ぶりに再会した太田夫人は菊治に対して、無邪気なほど懐かしそうな表情を隠さない。菊治は彼女の姿を目の当たりにし、かつて父親が彼女にこのように愛されていたのだと、甘美な陶酔感を覚える。
 茶会が終わって外に出ると山門のところで太田夫人が待っており、二人が20年ほどの年の差を忘れて関係をもってしまうのはいわば必然の流れであった。太田夫人は菊治と父親の区別がつかないようであったし、菊治は夫人の「しなやかな受身」に驚きを隠さない。
 しかし、これがタブーの侵犯であったことは間違いなく、それゆえ娘の文子は母親を監視するようになる。そのようななか菊治のもとを訪れた太田夫人は、さかんに「死にたい」という言葉を漏らす。そしてその晩、文子から菊治に母親が死んだ事実が伝えられる。そしてその死は秘密裏に処理され、その秘密を菊治と文子の二人が共有することになった。
 ちか子が茶会で弟子の稲村ゆき子を菊治に紹介したのも、二人を結婚させようとする意図があったからである。菊治が必ずゆき子を気に入るはずだと信じるちか子の態度は傲慢でさえある。事実、菊治はゆき子に心惹かれもした。だが、ちか子の存在が菊治にとっては障害となる。ゆき子のもっていた風呂敷の模様が千羽鶴であるのも、彼女が手の届かない存在であるという点で示唆的である。
 やがて、菊治は太田夫人が乗り移ったかのような錯覚に襲われたなか文子と関係をもつ。そして、交わりのなかで太田夫人は消え、文子が菊治にとって絶対的な存在となるのである。このとき彼は彼女によって救われたと感じた。
 だが、彼女は母親の大切にしていた志野の茶碗を割って、姿を消す。そこには母親の呪縛から逃れたいという彼女の願いがあったのか。それともタブーを犯してしまったことへの罪の意識があったのか。それは当事者ではない菊治には分かり得ぬことである。「死ぬはずがない」と自分に言い聞かせながら彼女の姿を追う菊治の姿で作品は幕を閉じる。
 「栗本一人を生き残らせて……」と吐き出すように言う菊治。そこには、菊治の茶室や茶道具を意のままにするがため、菊治とゆき子を結婚させようと画策した、彼女のしたたかさに対する憤りがあったのは言うまでもない。