(104)『地の群れ』

井上光晴『地の群れ』 2013年12月

小田島 本有    

 人間の根底には差別意識というものが拭い難く存在しているのか。『地の群れ』を読んでいるとそのような暗澹とした思いに襲われる。井上は朝鮮人、被差別部落民、原爆被爆者という、いわば弱者の立場にいる者たちが互いに虐げ合う姿を作品の中で抉り出した。
 物語は福地徳子が何者かに強姦されたことから始まる。周囲の者が相手を尋ねても、彼女は決して口を割ろうとしない。この事件で津山信夫が警察に引っ張られるが、結局彼は釈放される。徳子は「エタ」と呼ばれる被差別民部落、信夫は「海塔新田」と呼ばれる原爆被爆者が群れ住む地域の住民だった。
 一方、宇南親雄は炭鉱街を飛び出し、現在は医者をしている男。彼は幼少期に母親が死んだと父親から聞かされてきた。だが、ある出来事をきっかけに母親が「エタ」の出身であり、そのため父親が離縁をしたらしいことを知る。その父親も既に死んだ。
 親雄には数え年16歳の夏に、安全灯婦で同級生の朱宝子を犯し、妊娠させた過去があった。姉の朱宰子は決して親雄を許そうとせず、いたずらに時間だけが流れるなか、宝子は若い命を自ら断ったのである。
 彼はいま妻の英子との間に離婚話が出ている。英子の不満の最大の理由は夫が子供を欲しがらないことにあった。彼は妻に「堕ろせ」と言ったことは一度もない。だが、子供を産ませないよう裏で画策する彼の卑劣さに彼女は我慢ならなかった。彼がこのような態度に出る背景には過去の忌まわしい思い出があるのか、はたまた自らの出生の秘密があるのか、作品は明言を避けている。
 徳子は自分を強姦した男に会うため、海塔新田を訪れる。事件のとき、男は手袋をしており、ばらしたらおまえが部落だとばらすぞ、と脅した。その男、宮地真は父親がいる手前もあったのだろう、シラを切り通した。そして徳子が帰ったあと、そこを訪れたのは娘の後を追ってきた母親の松子である。
 「娘も娘なら、親も親だ。(略)やっぱり部落のもんはどこかちがうねえ」と言い放つ父親の言葉に触発された松子は決定的な言葉を吐いた。「あたし達がエタなら、あんた達は血の止まらんエタたいね。あたし達の部落の血はどこも変わらんけど、あんた達の血は中身から腐って、これから何代も何代もつづいていくとよ」この直後、怒りに駆られた海塔新田に住む者たちから彼女は石を投げられ、殺される。
 作品の中では、娘の生理が止まらず、それが原爆病に似た症状であるにもかかわらず、自分は長崎とは全く関係ないと頑強に言い張る家弓光子という女性も登場していた。このことは、海塔新田が彼女にとっていかに嫌悪の対象であったかを示す。
 必然性の感じられない人称転換などはあるものの、『地の群れ』はそれを補って余りあるほどの凄みをもった作品である。