(106)『抱擁家族』

小島信夫『抱擁家族』 2014年2月

小田島 本有    

 『抱擁家族』が発表されたのは昭和40年。戦後20年が経過していた。アメリカの文化がどんどん流入し、核家族化が進む中、日本の家庭のあり方そのものが変容を余儀なくされていく姿を浮き彫りにしたのがこの作品である。
 主人公の三輪俊介は外国文学を講ずる大学講師であり翻訳家。一度海外出張に連れて行かなかったことが妻の時子の不満の一つになっている。妻からすれば夫は西欧慣れした振る舞いをするべき人間であった。だが、そのような妻の期待に俊介は応えてくれない。彼女の口からしばしば「見っともない」という言葉が漏れるのはこのためである。
 物語の冒頭、時子がアメリカ兵士のジョージと情交を交わしたという事実が家政婦のみちよから告げられる。このことでの両者の言い分は違う。ただはっきりしているのは時子がジョージの愛撫を受けたという事実だけであった。しかも、ジョージは「僕は自分の両親と、国家に対して責任を感じているだけなんだ」と言い、俊介を苛立たせる。一方の時子は夫の俊介に対し謝罪の言葉を述べてもいない。それどころか、「こういうときに、あんたがわめいちゃ、だめよ」と言い出す始末。夫が軽んじられているのである。
 時子の提案で家が新築されるが、その一方で時子の乳癌が発見される。作品の後半は病気の進行の中、俊介が時子のネグリジェを買いに行ってしばし妻が病気であることを忘れてしまう場面、時子の要求で二人が体を重ねる場面も見られる。やがて彼女の死後、やはりこの家には主婦が必要だとの思いから俊介が嫁探しに奔走する場面もあるが、事態はなかなか思うように運ばない。
 俊介には家はこうあるべきという理想型があった。だが、嫁探しにしても妻の入院中にお世話になったデパートの店員、西村看護婦、さらにはさしえ画家の芳沢ちか子など、次から次へととにかく「嫁」を見つけなければという焦りばかりが目立ち、果たして彼は相手をじっくり見て判断しているのか、という疑問すら読者には抱かせる。とりわけ芳沢ちか子との出会いを取り持ってくれた山岸からは「あなたは誰と結婚しても、いじめるために結婚するような気がしますよ」とまで言われているのだ。
 作品の最後、俊介が目覚めるとそこには家政婦のみちよが寝間着姿で立っていた。一瞬「汚れてしまいたい」との思いが俊介の脳裡をよぎったが、みちよは別に誘惑をしに来たわけではない。彼女は俊介の息子である良一が家出したことを告げに来たのである。
 それまでは母親の時子との癒着が息子の成長を阻んでいた側面はあった。自立しきれない息子に俊介はもどかしさすら感じていたのである。だが、息子に家出されると動揺せざるをえない俊介がそこにいる。
俊介は果たしてどう動き出すのであろうか。