(157)『不在地主』

小林多喜二『不在地主』  2018年5月

小田島 本有    

  1926年から27年にかけて北海道の磯野農場(現・富良野市北大沼)で小作争議が起きている。大凶作のなか小作料の減免を求める農民たちの要求を地主が拒否するどころか逆に引き上げるという暴挙に出た結果、農民たちが地主の住む小樽まで赴き労働組合と共同戦線をはることで勝利を収めたという点で画期的な出来事だった。『不在地主』はこの事件をモデルとして書かれた作品だ。
 「不在地主」という言葉自体が矛盾を孕んでいる。本来農場にいるはずの地主がそこにいない。この作品において地主の岸野は小樽に居を構え、ホテルを経営する傍ら商工会議所議員や市会議員を務めている。農民から得た小作料は拓殖銀行に預け、銀行は農民に金を貸した結果、岸野は銀行から配当金を得る。つまり岸野にとって「地主」というのは彼の一部でしかなく、彼の本質は資本家だったのである。
 この作品ではS村で農業を営む健が主人公格として登場している。彼は模範青年として表彰もされていた。だが、今の彼にとってこのことは恥ずかしいものでしかない。最近「過激思想」が若者の間で浸透しつつある。表彰制度もこれを憂いた地主の発案であったという噂を耳にしたからである。七之助は地元を離れて小樽で工場労働者となり、向こうの様子を手紙で知らせてくる。そこでは「不在地主」である岸野が暴利を貪っている実態、工場は劣悪な環境にあって機械に吞み込まれ犠牲者が2名も出たこと、機械化は効率の良さを生み出しそれは農民の力の及ぶところではないこと、さらに小樽では労働組合が組織され労働運動が活発化していることなどが書かれていた。
 そのような事情を知るにつれ、健もしだいにS村での農民運動に加担するようになる。そのことを恋人の節(さだ)は快く思っていない。七之助の手紙に触発され、S村で選出された交渉委員たちが直接小樽に赴き地元の労働組合と結託する形で岸野に対して調停裁判を申請するに至って、この恋人たちの別れが避けられなくなるのは必然であった。
 岸野にとって自分のところの農民たちが小樽までやってきて訴えるということ自体がもってのほかであった。しかし、農民と労働組合の共同戦線による働きは全国で初の試みでもありマスコミの注目を浴びる。運動の拡大は他の地主たちにとっても看過できないことであり、波及を恐れた彼らは岸野に妥協を勧めることになる。この結果、農民たちは勝利を収めることになった。
 多喜二は『不在地主』の前年に『防雪林』を発表している。『防雪林』での源吉は自分たちの要求を地主にしようと試みるもそれが阻止され、結局は地主の屋敷への放火という手段をとるしかなかった。『不在地主』で多喜二が描こうとしたのはまさに組織化された運動のあり方だったのである。