(179)『花火』

内田百閒 『花火』  2020年3月

小田島 本有

 内田百閒の処女短編集『冥途』は夏目漱石『夢十夜』の強い影響を受けて書かれた作品である。中でも「花火」は『夢十夜』の「第三夜」からの影響がしばしば指摘されている。
 「私」が長い土手を歩いていると向こうから顔色の悪い女が近づき、「ご一緒にまいりましょう」と言って「私」と歩き出した。土手の片側は広い海で、片側は浅い入江である。「私」はこの女を「見たことのある様な顔」だと感じていた。海に沿ったこの辺りも夕方近くになり、入江では花火が揚がる。「私」はこれも「昔の光景に似ている」と感じる。
 やがて女は土手から入江に下りていく。女は涙をためており、「私」は離れられない状態となっていて息苦しさも覚えている。恐怖心を「私」が覚えたとき、女は「私」の前に跪いてしくしく泣きながら、「もう土手は日が暮れて真暗で御座います。どうかもう少し私の傍に居て下さいませ」と懇願する。やがて土手が波に攫われて帰ることができないと女が言い放ち、俯いて号泣した。このとき「私」はこの女の白い襟足を美しいと感じ、10年前か20年前にこの襟足を見たことをふいに思い出す。そのとき女が「私」にしがみつき、「浮気者浮気者浮気者」と言うのだ。「私」は動けなくなっていたが、急に女の姿が見えなくなったところで作品は終わる。
 「花火」と「第三夜」は作品の構成において共通点がある。主人公が他者の導きで徒歩での移動を余儀なくされ、それに抗うことができない。やがて目的地に着くがそこで相手から衝撃的な言葉を投げつけられ、主人公が動揺する場面で作品が閉じられている点だ。「第三夜」の場合、背中に負った盲目の男の子が、「御父さん、その杉の根の処だったね」と語りかけ、「うん、そうだ」と思わず答えてしまうと、男の子は「御前がおれを殺したのは今から丁度百年前だね」と言い放ち、急に石地蔵のように重くなっていた。
 両者に共通しているのは、主人公が過去において犯した行為を長い間忘却しており、他者の言葉によって急に想起させられている点である。「第三夜」の男の子も、「花火」の女も、共に主人公の罪責感を喚起させる存在であった。
 「浮気者」と罵られた「私」が過去にどのような不貞を働いたのか、作品では明らかにされていない。そもそもこの女が何者なのかも皆目分からないのである。ただヒントになるのは、「女は顔も様子も陰気で色艶が悪いのに、襟足丈は水水していて云いようもなく美しい」との一文だけだ。「私」が過去においてこの女の白い襟足に惹きつけられ深い仲になったらしいということが伺えるだけである。
 その女も「私」が振り返ると姿を消していた。まさに夢のような記述として書かれているが、それだけに「浮気者」と罵った女の印象が殊更強く読者の胸に刻印されるのである。