(45)『カインの末裔』

有島 武郎 『カインの末裔』 2009年1月

小田島 本有    

   広岡仁右衛門は周囲から<野蛮人>と見られており、極めて紳士的だった作者とは余りにも対照的な人物のように思われる。しかし、有島は自らの分身として本能的人間を描いたと後に述べている。作者にとって、仁右衛門を造型することがある意味において自己解放だったのかもしれない。
 「カイン」は旧約聖書『創世記』に登場する人物であり、嫉妬のあまり弟のアベルを殺害したことが神に知られ、放浪を余儀なくされた。彼はもともと農耕者だった。仁右衛門が<カインの末裔>たる所以がここにある。
 彼は松川農場に入ってからもその粗暴ぶりが際立っている。このため彼は周囲から孤立するのだが、この粗暴さは果たして先天的なものだったのだろうか。
 彼は文字がまともに読めない。農場の事務所を訪れた際、契約書をもとに説明を受けていても彼は真剣に聞こうともせず、ただめくら判を押し、心の中で(糞を食らえ)と思っている。農場を訪れても、唯一の縁者である川森爺さんへの挨拶もしない。
 仁右衛門をこのようにさせた根本の原因は教育の欠如にある。作者の心の中にはそのような思いが強くあったのではないか。有島は紛れもなく札幌農学校で熱心に教育を行っていた人間であり、そのことを強く感じていたのだろう。人間は社会的存在である以上、他者との関わりを避けることができない。そこには必ず規範と言うべきものが存在する。残念ながら彼はそのことを十分教えられる機会もなく、大人になってしまった。
 その粗暴さの反面、彼が残忍なことをやりかねない自分の心を恐れたり、自分の「智慧」の足りなさを感じたりしている場面があることは注目される。そしてまた、後に深い関係となる佐藤与十の妻と初めて会ったときに見せた「罪のない顔」、あるいは倶知安の居酒屋を訪れた際の上機嫌で冗談口をたたく彼の姿を見て周囲の者が集まってきている場面を作者が周到に書き入れていることも忘れてはならないだろう。
 彼は自分が播いた種で自らの立場を孤立させていくし、赤ん坊が赤痢で亡くなり、馬が競馬で前脚を折るなど、災難が降りかかったときも責任を転嫁させる傾向がある。もう絶体絶命と思ったとき、彼は一発逆転を狙って函館の場主の邸宅を訪れるが、小作料を納めないでいた人間が農民たちのために小作料の軽減を訴えても相手にされないのは当然のことであった。このとき場主に言われた「馬鹿」という言葉は彼を打ちのめした。彼はこの言葉によって自らの置かれた立場、自分という人間を思い知らされたのである。
 知識のない彼はそこから知恵を働かせる術を持ち得なかった。周囲の蔑視を感じるがゆえにますます粗暴になっていく。その悪循環から彼は逃れられなかったのである。