徳田秋声『二老婆』 2021年1月
小田島 本有
語り手「自分」は国から妻を迎え、「杉山えい」という婆さんの二階の六畳一間を借りて暮らし始めた。「自分」はどうやら画家であるようだ。『二老婆』はこの「お栄婆さん」と近所に住む「お幾婆さん」という二人の老婆の様子を語っている。
この二人、爺さんを亡くし貧しい一人暮らしを送っているという点が共通している。だが、その暮らし方は実に対照的だ。
お栄婆さんの収入と言えば「自分」が払う月3円の間代だけである。既に6か月分の滞納があり大家からはひとまず立ち退いてくれと言われる始末。世話になれる身寄りもない状態のなか、働くわけでもない。「毎日モゾクサしているばかり」、「一日モンゾリともせず坐っている」という表現に彼女の生活ぶりは端的に示されている。
一方のお幾婆さんは働き者である。年がら年中盥と洗濯板を持ち出して洗濯に余念がない。他の人の洗濯物を請け負い、それを収入の足しにしている。「自分」はこの婆さんを「看るから貧相な、チョコマカした女」と形容している。
この二人が「不断は悪口を吐(つき)あっている間(なか)」であるのは改めて断るまでもない。お幾婆さんはお栄婆さんのことを「食わず貧楽」とくさすし、お栄婆さんは「あんなにしてまで、私ゃ生きていようとは思いませんわね」とお幾婆さんを陰で嗤っている。
そのような中、転機が訪れた。妻恋の大きな酒屋のお爺さんが「心寂しいから、誰か茶呑友達のような、介抱人のような老婆が一人欲しい」ということで、お栄婆さんがそちらへ行くことになったのである。お栄婆さんがいなくなってからお幾婆さんの彼女に対する悪口はますますエスカレート。それが原因で髪結のお六と大喧嘩になり、お六からは「このよいよい婆ァの死損いめ!」と散々毒口を浴びせられ、お幾婆さんはひどく落ち込んでしまった。
その頃「自分」も新しい家が見つかり、明日ここを引き払うことになっていた。そこへ妻恋へ行ったはずのお栄婆さんが戻ってくる。立ち退くことを伝えると落胆した顔を見せたばかりか、今夜は妻恋で少し取り込みがあるので、一晩だけここに泊めて欲しいと言い出す。そして布団だけ借りて下へ降りて行った。
このあとお幾婆さんが井戸に飛び込み自殺を図るという事件が起こった。幸い彼女は引き上げられ、人工呼吸によって一命を取り止める。近所が大騒ぎになっているというのに、なぜかお栄婆さんは顔を出さない。
お栄婆さんの首吊り死体が発見されたのは翌朝のことである。お栄婆さんは酒屋から暇を出されていたことが後に分かる。
二人は共に自殺を試みた。その結果お幾婆さんは助かり、お栄婆さんは亡くなった。その決定的な差は偶然的要素というより他ない。