(140)『夢酔独言』

勝小吉『夢酔独言』 2016年12月

小田島 本有    

 『夢酔独言』は42歳となった勝小吉が、自分のそれまでの放埓な人生を反省し、子孫が読んで戒めとすることを意図して書かれた自伝である。ちなみにあの勝海舟は、小吉の息子である。
 小吉は男谷平蔵が妾に産ませた三男坊であった。5歳の小吉が友達と喧嘩をした際に相手の顔を傷つけたのを目撃し、平蔵が息子を縁側の柱にくくりつけて殴った事実も、息子に対する愛情が根底にあってのことだった。事実、両親は彼を大変可愛がってくれたようである。
 小吉は7歳のとき勝家に養子に出される。そこの「祖母殿(ばばどの)」が吝嗇かつ意地悪で、しばしば苛められたと彼は回想している。14歳のときに家出をし、4ヶ月にわたって東海道を放浪したのもこの祖母殿によるところが大きい。その彼は一度ならず、21歳のときも出奔している。注目されるのは、このように放浪しながらも彼に食べ物をくれたり、お金を恵んでくれたりする人が少なくないことだ。これが当時の人々の人情というものであろうか。後者の出奔の際は江戸から親戚が迎えに来て連れ戻され、小吉は何と24歳まで座敷牢に入れられるという体験までしている。それだけ彼の行動には周囲も手を焼いていたということでもある。
 ところがその一方で、しばしば彼は相談事や掛け合いの依頼を受け、それらの解決に当たったりもしている。彼には押しの強さ、それに駆け引きの妙というものがあった。この性質は息子の海舟にも受け継がれているのだろう。
 24歳のとき、彼はある老人から、「恩を怨で返す」のが普通の人のやり方だが、お前は「怨を恩で返す」ことをしてみろ、と教えられた。その言葉に従ったところ、あの祖母殿の態度も変わり、世間の人々も小吉を立ててくれるようになったのである。ここには人間の真実が伺えよう。要は本人の心がけ次第なのだ。
 信じられないのは、妻子がいる身でありながら彼がある女に惚れ込む場面である。このとき、彼の女房は「その女のひとを貰ってきてあげましょう」と言って行動を起こすに至り、彼もその役を女房に委ねるのだ。なぜ彼女がこのような行動を起こそうとしたのか、作品を読む限りでは分からない。ただ、このとき彼は何人かの人から女難の相が現れていることを指摘され、女房のことを話したところ、「あなたの奥様は実に貞女です」と諭されて、自分が心得違いをしていたことに気づかされる。家に飛んで帰ったところ、女房は書き置きを残してまさに家を出ようとしているところであった。その彼女を小吉は説得し、事なきを得る。改めて女房の有難味を彼は痛感したことだろう。
 自分の愚かさを恥じるところなく提示するところに、この作品の最大の特徴がある。