(145)『十三夜』

樋口一葉『十三夜』 2017年5月

小田島 本有    

  「十三夜」も「たけくらべ」「にごりえ」と同様、時代的制約の中で忍従を強いられざるを得なかった女性の姿を描いた樋口一葉の代表作の一つである。
阿関(おせき)は17歳のとき器量を買われて原田勇に執拗に望まれ、結婚をした。両親は身分が釣り合わないと固辞したものの、そのようなことは気にする必要はなく、お稽古事はこちらでさせるとの原田の言葉を受け入れたのである。
 だが、結婚後夫の態度が変わる。召使の前で阿関の不器用不調法を並べ立て、彼女に教育がないと蔑み、そのようにした実家が悪いと言う始末であった。太郎という男の子が誕生してからはその傾向がますます悪化しており、そのことに彼女は耐えられなかったのである。
 娘の話を聞いた時の両親の反応は実に対照的だ。母親は憤慨を抑えることができない。もともとこちらから娘を貰ってくれと言ったわけではない。同じ女として、彼女は娘の立場に同情し原田を批判する。
 一方の父親は夜遅く娘が実家に現れたため、婿は不在か、何か事件があったのか、離婚すると言われたかなど、まずは状況確認を忘れない。娘の話を聞いて「無理は無い」と同意もしている。これはまさにカウンセリングにおける傾聴姿勢そのものだ。この父親は夫を扱う難しさを認めつつも、今日までの辛抱ができるならば「これから後とて出来ぬ事はあるまじ」「同じく不運に泣くほどならば原田の妻で大泣きに泣け」と諭すのである。いったん離婚をすれば息子に会うこともかなわない。そのことを踏まえた父親の説得だった。
 父親の言葉を受け入れ阿関は車に乗るが、偶然その車を引いていたのが幼なじみの高坂録之助であった。煙草屋の一人息子であり、彼女はかつて彼のもとに嫁入りすることを夢見ていた過去がある。久しぶりに見る録之助はすっかり変わり果てていた。彼は「呆れはてる我がまま男」と自分を蔑む。阿関の結婚をきっかけに録之助は放蕩の限りを尽くす。生活を変えさせようと母親が彼を結婚させたが、それでも彼の生活は変わらなかった。女房は子供を連れて実家に帰ってしまい、その子供も昨年の暮れにチフスで亡くなったという。
 もし17歳のときに原田に求婚されなければ録之助と一緒になれていたのだろうか。そして彼が今のように落ちぶれることもなかったのだろうか。それは到底予測しがたいことである。彼女は別れ際彼に金の入った紙包みを渡し、「どうぞ以前の録さんにお成りなされて、お立派にお店をお開きに成ります処を見せて下され」と声をかけた。もはや自分が録之助の妻として煙草屋の店先に立つことは不可能である。ひとたび離れてしまったそれぞれの道は決して交錯することはない。阿関は姿を消していく録之助の背中を見ながら、そのことを痛感したはずである。