(147)『対髑髏』

幸田露伴『対髑髏』 2017年7月

小田島 本有    

  「露伴」なる人物は真冬の峠を越え、山奥に入って行った。この先の雪山は危険だという相手の言葉を彼が振り切ったのは、自分が「都会育ちの柔弱者」と侮られたと思い込み、「旋毛曲りの根性」「天の邪鬼の意気地」が働いたからである。
 だが、いざ進んでみると難渋を強いられ、怪我はするわ、履物を切らすわ、さらには日も暮れかかる。道を尋ね、できることなら草履を借りたいと立ち寄った小さな家で現れたのが年の頃24、5歳と見られる美しい女であった。
 女は妙といい、昨年からここに暮らしているという。彼女の勧めもあり、「露伴」はここで宿泊させてもらうことになる。だが、布団は一枚しかない。その布団を互いに譲り合うことになるも埒が明かず、とうとう二人は遅くまで語り合うことになる。途中彼女からの一緒に布団に入ろうとの提案に「露伴」が驚く様子を見て、いかがわしい思いはないと彼女が一笑に付す場面もある。
 妙は14歳の時に父親を、18歳の時に母親を亡くした。母親は彼女に書き置きを残したが、それを読んだ彼女は激しい衝撃を受ける。後に彼女に恋い焦がれ、何度も彼女との結婚を申し入れた旧藩主の若様がいた。毎月の墓参を欠かさない彼女の心根に打たれたのだという。それでも彼女は断り続けた。そのためか若様はしだいに衰弱していく。彼の母親によって半ば強引に妙が息子のもとに引立てられた時、彼は臨終間近の状態だった。
 その後彼女は山に入り、法師と出会って一念発起したという。妙によると、彼女の母親は書き置きの中で「世を捨てよ」と述べており、その理由が書かれていたそうだ。その詳細をいくら「露伴」が尋ねても彼女ははっきりとは答えてくれなかった。
 翌朝、「露伴」が目覚めてみると人も家も消え、足元に白髑髏があるだけであった。彼はそれを土に埋めて合掌し、「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、お蔭さまで昨夜は面白うござりました」と礼を述べた。彼にはこの髑髏が誰であるか分かっていたのである。
 温泉宿を訪れた「露伴」は、そこで去年乞食の女が山奥に入っていったことを知らされる。その容貌は「今にも潰え破れんとする熟柿の如く」であったという。その女の年齢は27、8ぐらいであったとのこと。このことから察するに、妙は母親が書き置きの中で述べていた病気に罹り、やがて山中で命が絶えたということなのだろう。
 この作品の背景には、遺伝病とされていたハンセン病(当時は「癩病」と呼ばれていた)に対する人々の偏見がある。作者の幸田露伴もそれから自由ではなかった。山奥に消えていった乞食の女に関する描写が極めて凄惨なのは、当時の人々の一般的な認識の反映だったのだろう。