(193)『鳥影』

石川啄木『鳥影』  2021年5月

小田島 本有

 『雲は天才である』の新田耕助、『鳥影』の小川信吾はともに作者啄木がモデルである。前者において啄木は自己の分身ともいえる新田耕助を肯定的にしか描けなかったが、後者になると彼は自己を対象化する視点を得ることができた。
 『鳥影』は渋民を舞台とした夏の二か月ほどを描いた物語である。信吾の友人で画家の吉野満太郎がこの村にやってきてしばらく滞在することで物語は動き始める。帰省した信吾のもとに吉野が訪れるが、吉野の「どこか無愛想な、それでいてソツのない態度」は小川家で歓迎される。その彼を好ましく思ったのは信吾の妹静子だけではない。静子の友人である日向智恵子も同様であった。
 静子には意に染まぬ縁談がある。相手は亡くなった許嫁の弟松原政治であった。吉野に会った時、静子はその笑顔の目尻の皺に亡き許嫁の面影を見出す。一方、智恵子は両親が他界し、兄とは疎遠な関係であるため、自立すべく女子師範を卒業し教職に就いた。下宿先の大家の苦しい生活を助けるのみならずそこの二人の子供の面倒も見る。そこには彼女のクリスチャンとしての姿も伺える。
 たまたま列車で乗り合わせた吉野と智恵子の行き先が盛岡の同じ家であったという偶然をきっかけに、二人の距離は急速に接近する。
 智恵子には信吾もまた思いを寄せていた。だが、智恵子は信吾には当初から違和感を覚えている。そして、信吾が思いを打ち明けた時、智恵子は自分の吉野に対する思いを認める。これを知った信吾は二人を祝福する言葉を述べたものの、その後、智恵子を免職させたり吉野を追い払ったりすることを考え出す始末である。
 そればかりでない。心の荒んだ信吾は智恵子の同僚である富江の宿を訪れる。富江は人妻であり夫は盛岡で教員生活をしていたが、夫婦はどうやら疎遠な関係らしい。富江にはやや蓮っ葉なところがあった。こともあろうに信吾はその富江と「肉の快楽」をむさぼったものの、「不愉快な思い」を打ち消すことができない。結局信吾は荒れ果てた心のまま東京へ慌ただしく戻る。失恋の痛みを一時的な性の快楽で紛らわすことしかできないところに信吾の人間的欠落が明らかだ。
 一方、吉野と智恵子は互いの気持ちを確かめ合うことができた。だが、ほどなくして智恵子は体調を崩す。当初チフス性の赤痢と診断され隔離病舎へ収容されたが、その後肺炎が兆し彼女は盛岡の病院に入ることとなった。吉野はあらゆる犠牲を払ってでも智恵子を守ろうと決心する。
 啄木は続篇としてその後の智恵子と吉野を描こうという構想があったが、それは実現することなく終わっている。ちなみに啄木が函館の弥生尋常小学校の代用教員時代に恋情を抱いた同僚が橘智恵子という名であったことも付け加えておかねばならない。