(203)『施療室にて』

平林たい子『施療室にて』  2022年3月

                小田島 本有

 『施療室にて』は満州の慈善病院で「私」こと北村光代が女児を出産するが、その子供を乳児脚気で亡くした後、入獄するまでの経緯を綴った短編小説であり、平林自身の体験が素材となっている。
 夫と三人の苦力(クーリー)監督がテロの企てをしたため監獄に送り込まれた。「私」は出産を控えているため病院に送られたが、出産が終われば共犯者として入獄することが運命づけられている。「私」は夫たちの計画を聞いた段階である程度展開が見えており、そのことを口にしていた。だが、そのとき彼らは「妊娠している女の因循な臆病」と一笑に付している。ただ、「私」はこのとき反論することをしていない。従うことが「運動する者の道」であり「夫に対する妻の道」と「私」は自分を納得させている。ここに古い封建的な考えを認めることは難しいことではない。
 だが、事態は「私」の懸念したとおりになった。憲兵隊の廊下で出会ったとき、鎖に繋がれた夫は「光代、許してくれよ。うまれる子供とお前に、俺は一番すまなく思うよ、俺が悪かった」と謝罪するが、このような姿は「私」が最も見たくないものだったはずだ。
 「私」は病院に送られたときから膝に疼痛を覚えており、これが妊娠脚気であることも理解していた。だが、このことを看護婦長に訴えても反応は芳しくない。治癒に時間がかかり厄介な病気だったからである。その中「私」は女児を出産する。
 「私」は入院中に脳貧血を起こし、その際に看護婦は注射をした。だが後でそのことを知った院長は婦長に許可なく勝手に高い薬品を使用した看護婦を強い口調で叱責する。その様子を「私」は見ていた。
 「私」は生まれた子に牛乳を飲ませたいと考えていた。脚気を抱えた母親が授乳した場合の危険を「私」は熟知していたからである。だが、高額であることを理由に薬品を勝手に使うことを渋る医長を目の当たりにして、「私」はその願いをあきらめざるを得なかった。そして「私」はわが子に授乳する。その結果、女児は下痢を起こし呆気なく死亡した。
 死亡を知らせにきた看護婦は「微笑」を浮べていた。それを聞いた「私」が「そうですか」と「何でもなさそうに、平気で答えた」のは、「事実、私にはそれ以上の感情が起こっていないのだ」という本人の言葉を額面通りに受け取るべきではない。そのときの看護婦に対する反発の思いもあったのではないか。
 「私」は翌日入獄の手続きを進める。「私」は亡くなったわが子に対して冷淡すぎるのではないかという批判は当然あろう。危険を承知で授乳したことの是非も議論の対象になりうる。わが子を死に晒すことで、敵対するものに対して戦っていこうとする「私」の覚悟を読み取ることも可能だ。なぜなら、そこから病院の非人情ぶりも浮かび上がってくるからである。