李琴峰(りことみ)『彼岸花が咲く島』 2025年6月
この作品は第165回芥川賞を受賞した。
彼岸花が咲く島に流れ着き救出された宇美は、それ以前の記憶を殆ど失っていた。助けてくれたのはこの島に住む游娜(ヨナ)。
この島にはノロと呼ばれる〈歴史の担い手〉となる女たちがいて、島の運営は彼女たちが行っていた。游娜の友だちの拓慈(タツ)という少年はこの島の歴史を知りたいという強い願望を抱いているが、それは叶わない。なぜならこの島では男が歴史を知ること、女語を語ることが堅く禁じられていたからである。
ノロたちのトップに立つのが大ノロ。彼女は宇美にこの島にいたいのであれば女語を覚え、ノロの試験に合格しなければならないと伝える。このため宇美は游娜と共に女語の講習会に通い、必死に学ぶことになった。
作品を読むと、大ノロは宇美に対して厳しい態度で臨む一方で、彼女に特別な視線を向けていたことが明らかになる。
ノロの試験は3人が受験し、合格したのは宇美と游娜の二人だった。二人は〈歴史伝承の儀〉でなぜ島が今のような体制となったかを知らされる。過去において戦争を起こしたのは男たちだった。それを避けるため、島の実質的支配者はノロたちとなり、彼女たちが〈歴史の担い手〉となったのである。
作品の結末近くで、大ノロが宇美を呼び出す場面がある。このとき大ノロは自分の寿命が長くないことを感じていた。このとき、大ノロが語ったのは、自分はかつて〈ひのもとぐに〉の人間であり、罪人として(どのような罪であったのかは不明)国から追放されて船に乗せられた集団の一人だったということである。このとき船は暴風雨に遭って難破し、彼女だけが助かりこの島に辿り着いた。どうやら宇美も同様の体験をしたらしい。
かつて〈ひのもとぐに〉はこの島に罪人がいるからという理由で島の明け渡しという無理な要求をしてきたことがあった。だが、このときは〈ひのもとぐに〉の船が暴風雨のため難破し、それ以来この国から同様の要求はされていないという。
拓慈は宇美と游娜が合格してノロになったら、この島の歴史を教えて欲しいと言っていた。合格後、二人の様子が沈んでいることを察知した大ノロは宇美にその理由を尋ね、宇美は隠し切れず事情を語る。大ノロはそのことで宇美を叱ることはしなかった。ほどなくして大ノロは亡くなる。宇美と游娜は話し合い、それまでのしきたりを破り拓慈に歴史を伝えようという結論に至った。そこには、拓慈であれば男の愚かな歴史は繰り返すことはあるまい、という確信があったためである。
作品中では〈ひのもとぐに〉〈チュウゴク〉〈タイワン〉などの名前が出てくる。中華民国出身の作者であるからこそ、この作品には切実な思いが込められているのだろう。