(241)『石にひしがれた雑草』

有島武郎『石にひしがれた雑草』  2025年5月

            小田島 本有

 この作品は「僕」(A)が「君」(加藤)に書いた置き手紙で貫かれている。二人は大学時代の同級生。「僕」の妻であるM子が加藤の恋人であることを知り、長らく嫉妬に苦しんだ「僕」が、M子を最終的に半狂乱の状態まで追い込み、彼女を置いて出て行くまでの7年間の過程が綴られている。この置き手紙を仮に読んだとしても、加藤は「僕」に返事を書くことはできない。その点でこれは一方通行の語りなのだ。
 M子は「僕」より3年上。彼女はいつも「僕」を翻弄しているように感じられた。二人の間に結婚の話が上がったとき、先方から「僕」が洋行することが求められ、「僕」は結局5年間実業を学んで帰国した。ところが、帰る時期をあらかじめ伝えていなかった「僕」は日曜日に教会からM子が加藤と共に出てくる光景を目にする。「僕」はこの後、二人から謝罪の言葉を聞いた。考えてみれば洋行中、M子からの返信が途絶えがちだったのだ。
 このような経緯を経て、「僕」とM子は結婚する。「僕」は西洋で学んだことを生かし事業を拡大していくが、M子はそのことに怖さを吐露するし、「僕」に子供が欲しいと言い出したりもする。だが、当時の「僕」は殆ど聞く耳を持たなかったのである。
 そんなある日、街でM子と加藤が一緒にいるところを目撃して以来、「僕」の嫉妬心は再び甦った。たまたま脱衣室に落ちていた紙切れに残された文字の筆跡が気になり、これが加藤のものでないかと疑った「僕」が、クリスマス会の企画を提案し、彼にも案内状を送ってその返事に記される文字を確認しようと画策する場面もある。そして深夜、ひそかに寝室を抜け出しM子の部屋の引き出しに加藤からの手紙があることを知るや否や、「僕」の体は怒りのため震え出した。
 だが、「僕」が嫉妬の情に駆られてばかりいたかというと、そうとも言えない。加藤がM子に執着することに「僕」は誇りすら抱いていたのである。ここに複雑な「僕」の内面をうかがうことができる。「僕」は密偵(いぬ)も使って彼らの行動を探るようにもなった。その中でM子の精神状態はおかしくなっていく。そして事業拡大を狙っていた「僕」は蹉跌を余儀なくされ、家が差し押さえられることになる。M子を放擲するとともに、加藤に書き置きを残そうとする「僕」の真意とは何なのか。「君がこの置手紙からどんな結論を引出さうとも、それは僕の知つた事ぢやないのだ。何んにも目的がなくなつてしまふと、人間の姿といふものが可なり露骨に見え透くよ」という「僕」の言葉は極めて印象深い。
 ところで、タイトルの「石にひしがれた雑草」とは何をさすのか。
 「僕」が切石の下から雑草が這い出ている光景を目にし、草を自由にしようとして切石を動かそうとしたものの石は全く動かなかった、という描写がある。雑草はこのまましぼんでしまうのだろうか。ここでの「石」や「雑草」が何を意味するのか、考える材料には事欠かない。