佐藤泰志『そこのみにて光輝く』 2014年11月
佐藤泰志は函館出身。芥川賞候補に5度もノミネートされるほど注目を浴びたが、41歳のとき自殺。近年は彼の作品が立て続けに復刊し、映画化もされている。その彼の唯一の長編小説が『そこのみにて光輝く』である。これは「そこのみにて光輝く」「滴る陽のしずくにも」の二部構成となっている。
達夫にとっても、たまたまパチンコ屋で出会った大城拓児にライターを渡したことが彼の運命を変えた。彼は「サムライ部落」にある拓児の家へ招かれ、姉の千夏と出会うのだ。千夏はキャバレーのホステス。金のためには体を売ることもしている。
拓児の家を出て海に向かった達夫を千夏が追いかけてくる。先ほど弟が刑務所生活をしていたことが話題になったが、それは「犬殺し」と言われて相手を刺したからで、弟は決して乱暴者ではなく優しい児なのだ、と言い訳する千夏は確かに弟思いだった。だが、達夫を追ってきたのはそればかりではないだろう。彼女はその前に、「あんたみたいな男前なら、奥さんがいてもいいのにね」と言っていたのである。
今度は達夫が千夏を誘いに来た。そして二人は砂浜で結ばれる。大城家には脳軟化症で寝たきりだが性欲は衰えない父親もいる。いつもは母親がその相手を務めるのだが、場合によっては千夏もその役割を果たしていた。それを承知のうえで、彼は千夏との結婚を考える。千夏には離婚経験があった。その夫が縒りを戻したがっていることを知った彼は元亭主と会い、彼に殴られながらも意志を貫き通そうとした。五度も元亭主のもとを訪れ、相手も結局根負けした。
第二部では、鉱山開発の仕事をする松本との出会いがある。「本当は、あんたは満たされていないだろう」と図星を指された達夫は、水産加工会社を辞め、拓児とともに山へ行くことを決意した。妻となった千夏が「ずいぶんあんた生き生きして来たじゃない」と感想を漏らすほど、達夫の変化は明らかだった。
だが、その矢先、拓児が傷害事件を起こす。かつて千夏が勤めていたキャバレーで呼び込みをしていた男が、千夏は誰とでも寝ていた、生まれた子供も誰の子か分からない、と言ったためである。拓児は達夫と千夏との間に生まれたナオを溺愛していた。姉ばかりか姪までも侮辱され、拓児の怒りは抑えることができなかったのである。拓児は自首した。面会に訪れた達夫が何か欲しいものはないかと尋ねたとき、彼が所望したのはナオの写真1枚だった。
人間社会には必ず差別がある。一度ならず二度までも傷害事件を起こした拓児を非難することは容易だ。だが、作者はそのような安易な結論を読者に許さない。拓児に何か伝言はないかと聞かれた松本は、「待っている、と伝えてくれ」との言葉を達夫に託す。ここに込められた作者の思いを我々は汲み取るべきだろう。