(58)『上海』

横光 利一 『上海』 2010年2月

小田島 本有    

 「上海を見ておかねばいけない」芥川のこの言葉が横光を動かした。彼が上海へ赴いたのは芥川が自殺した翌年のこと。この体験が契機となり、1925年(大正14年)に上海で起きた反日民族運動、いわゆる5・30事件をモデルとした小説が執筆された。
 当時の上海は列強諸国の利権が渦巻く大都市であり、華やかさと汚濁が共存する街であった。そこに登場する人々は、例えば湯女のお杉にしろロシア人女性オルガにしろ、新天地を求めてこの地に辿り着いた故郷喪失者たちである。あるいは甲谷のようにここでひとやま当てようという野望に燃えた日本人も登場する。さまざまな欲望が錯綜する街、それが上海だった。
 中心的人物の一人である参木は日本を離れて十年を迎えた銀行員。絶えず死の誘惑に駆られている。かつて愛していた競子は別の男性と結婚した。その夫が今にも死にそうな状態にあると聞いても、彼は心躍る状態になっているわけではない。
 作品全体を通して浮かび上がってくるのは、参木の中途半端さである。彼はトルコ風呂の湯女であるお杉に心惹かれていた。だが、好きな女には指一本触れないという妙な潔癖さが彼にはあった。経営者の妾であったお柳の嫉妬により解雇となったお杉は、結局参木にも頼ることもできず放浪を余儀なくされ、やがては春婦へと堕ちていかざるをえない。
 芳秋蘭に対してもそうである。彼女が反帝運動に身を捧げる共産党員であることを知りつつも、彼は彼女の姿を追い求めた。それは彼女の美貌に惹かれたからである。偶発的な暴動の中、彼女を救い出したことが二人の距離を急速に近づけた。しかし、それ以上の深入りはお互いを危険に晒すことにもなる。後に彼女はスパイ嫌疑で銃殺されたらしいということが語られる。日本人男性と内通したというのが理由らしい。真偽の程は分からないが、もしそれが本当だとすれば参木の接近が彼女の死を招き寄せたのである。
 『上海』では暴動の場面が執拗なまでに描かれる。その中で盗みを働くしたたかな乞食、あるいは暴動のさなか、危険を顧みず日本人男性の甲谷を黄包車(ワンポーツ)に乗せる大胆な中国人車夫の姿などを横光は書き込んだ。いかなる混乱の中にあっても、生きることへの執念を剥き出しにする人間の姿を浮き彫りにすることに作者はこだわったのではないか。
 本来であればプロレタリア文学者たちが描いてしかるべき題材であった。当時隆盛を極めた彼らへの対抗意識そのものがこの作品を作者に書かせる原動力だったのかもしれない。