(88)『夢の島』

日 野 啓 三 『 夢 の 島 』2012年8月

小田島 本有    

 境昭三はビル建設に携わるエンジニアであった。東京の街を戦後の荒廃から目覚ましい復興へと導いたという自負こそが彼に取って精神的な支えだったのだろう。宵のビル街の眺めが好きだということをタクシーの運転手に語っていることにそれは端的に表れている。
 その彼がたまたま晴海を訪れ、1万人以上の子供たちがさまざまな仮想姿でイベントに参加している光景を目の当たりにしたのが大きなターニングポイントとなった。人工の離れ島でしか自分の夢を生かせない子供たちの姿に彼は衝撃を受ける。このような東京を作ったのは自分たちであり、彼が誇りとしていた高層ビル群もまとまりはなかった。もはや人間のコントロールの及ばない街に東京が変貌していることを彼は実感したのである。
 夢の島はいわば巨大なゴミ捨て場である。言ってみれば大量消費社会の陰の部分をここが担っていたのである。
 この離れ島で彼はオートバイを疾駆する若い女性と出会う。彼女が怪我をしたため彼は彼女を病院に連れて行くが、翌日彼女は姿を消していた。残された住所を頼りに「林陽子」なる女性を探しに行くが、その倉庫の2階にいた女性はその少し前に昭三が街のショーウィンドウでマネキンを扱っていた女性であった。彼女は「陽子という女にこれ以上会ってはいけません」と、予言的な言葉を残した。しかし、昭三は彼女の言葉を無視するかのように陽子との距離を縮めていくのである。
 この離れ島は森となっており、ナイロンの釣糸に足をひっかけた数多くのサギの死体がぶら下がっていた。陽子の「サギをそのままにしておくように」との忠告があったにもかかわらず、昭三はそれらを土に埋めようとして歩を進めたところ、彼の足がひっかかり逆吊りになる。逆さになった東京の高層ビル群を眺めながら彼の意識は遠のいていく。彼はショックによる心臓急性マヒで命を落とすのだ。
 この作品には後日談が加えられている。林陽子はマネキンを扱うプロデューサーの仕事をする一方で、オートバイを疾駆させていた。しかも後者の「もう一人の自分」を彼女は殆ど意識できないという病気に陥っていたのである。それは仕事で自らを追い詰める生活をしていたことの身体的反応であったと言える。その彼女を覚醒させた契機が昭三の死体を目の当たりにした衝撃だった。
 高層ビルの建築に象徴される近代都市化と大量消費、そしてそこに生きる人間の精神的な疎外の問題を取り扱ったこの作品は、バブル期の日本の姿をくっきりと浮き彫りにしている。