(246)『笛吹川』

深沢七郎『笛吹川』  2025年10月

            小田島 本有

 『笛吹川』は武田信虎、晴信(信玄)、勝頼と約65年続いた時代を背景に、笛吹川沿いにある「ギッチョン籠」の家の6代にわたる家族の興亡を描いた小説。深沢七郎にとっては3番目の長編作品であった。
 この作品ではさまざまな人の死が描かれる。
 半蔵はお屋形様のためいくさに参加し、功績をあげた。お屋形様に男の子が生まれその御胞衣(えな)を埋めるよう半蔵は託された。これを知った父親のおじいがしゃしゃり出て失態を犯し、そのためおじいは斬り殺された。これがそもそもの始まりである。
 半蔵の父親は半平であり、彼には長女ミツ、次女タケ、三女ヒサ、長男の半蔵がいた。長女ミツは出戻りで最初の夫との間には定平という息子がいる。定平にはおけいという妻との間に長男惣藏、次男安蔵、三男平吉、娘ウメがいた。
 惣藏も半蔵に啓発されお屋形様のために積極的にいくさに参加しようとする。一方彼らと一線を画そうとしていたのが平吉だった。だが、しだいにお屋形様の形勢が不利になっていくなか、彼らを取り戻そうとして平吉はそこに赴き逆に取り込まれていかざるを得ない。それは息子たちを心配して家を飛び出して彼らの一行について行き、ついには命を落とす結果になるおけいの場合も例外ではない。
 半蔵の一番上の姉ミツは甲府の絹商人と再婚した。再婚先が大変繁盛したことが逆に災いとなり一家は襲われた。そのときに逃げ出したのがその家のタツとその娘のノブであった。彼女たちは「ギッチョン籠」の近くに身を隠したのである。
 ノブはその器量を買われ、武田家に奉公することが決まる。ところが彼女は村の男と深い仲となって懐妊したことが判明したため斬り殺された。そのとき彼女の死骸の股の着物が揺れ動いており、それがボコ(子ども)であることに気づいたタツがそれを秘かに取り出して持ち去るシーンは実に生々しく、鮮烈な印象を読者に与える。このときの子どもが寺に預けられて育った次郎であることが作品の後半で明らかになる。タツはこの一件でお屋形様に復讐する機会をずっと待ち続けたのである。
 お屋形様は形勢不利となっていくなかとうとう城も焼いた。そして郡内の山に籠って戦うという。ところが一番の家来だった小山田様が屋形様の郡内行きを拒む姿勢に転じた。お屋形様の軍勢は気がつくと激減している。こうなると御屋形様の心配は恵林寺(えれんじ)にいる盲目のお聖道様だったが、混乱の中いずれも命を奪われる。
 タツは長い間お屋形様を討つことを願っていた。彼女が燃え盛る寺に入ったとき、そこで目にしたのは斬殺された娘ノブの遺児次郎がさかんにお経を唱えている姿であった。
 結末では家族が数日帰ってこない中、一人家で米を研いでいる定平の姿が描かれる。恵林寺が焼けたという情報が入り、彼の心は穏やかではない。