井上靖『射程』 2026年2月
主人公は蘆屋の医師の息子である諏訪高男。彼は昔から父親との折り合いが悪く、22歳の時父親をバットで殴って昏倒させ家を出た。そしてアドルムを飲んで自殺を試みるが彼が目覚めたのは病院の中。やがてそこを追い出され、終戦直後の荒廃した街の中を放浪する場面から作品は始まる。
この文無しの若者がセメント工場の経営に乗り出し、その後闇商売に手をつけてから巨額の金を手にし、やがて破滅していく過程を綴ったのが『射程』である。金儲けに執着する高男だが、たえず彼の中には虚無が潜んでいる。そういえば芥川賞受賞作となった『闘牛』においても、主人公津上がこの種のタイプの人間であった。
彼には忘れがたい記憶がある。10歳の頃、近所に住む三石家の多津子の結婚式に出席した。多津子の美しさに心奪われると共に、新郎となった男への憎しみを彼は幼いながらに抱いた。そのとき、彼の目に映った多津子は人身御供に思えたのである。多津子はおそらく高男より10歳ぐらい年上であろう。
多津子が父親を亡くし、夫も病気で伏せってしまって経済的に困窮したため、骨董品を売ろうとしていることを、高男は人づてに聞いた。彼女を救いたい一心で彼は骨董品の購入を申し出る。しかもすべてを受け取るわけではない。このようなことが何度か繰り返された。途中彼女は高利貸しから借金して二進も三進もいかない状態にもなっており、その返済にも高男は乗り出した。もともとお嬢さま育ちの多津子は世間知にも乏しかった。
高男は一方で印刷会社社長吉見円八郎の夫人である鏡子に言い寄られて腐れ縁になったり、関西紡績重役の丸山金助の娘であるみどりに好意を持たれ後に彼女と結婚したりするようにもなる。だが、みどりの心は満たされなかった。高男の心に多津子への思いが拭い難くあったことを知っていたからである。
高男にとって多津子はあくまでも手の届かない存在であった。その彼女がもう他に売るものがなくなったと言って、自らの貞操を売りたいと申し出たとき、彼の心は動揺した。もしかすると多津子は自分に対する好意を利用して高男から金を繰り返し弾き出そうとする、したたかな女だったのかもしれない。このとき彼女が発した「一億円」という値が冗談なのか、本気なのか計りかねるところがある。だが、彼はこれに応じようとする。
世の中は朝鮮戦争が勃発し、毛織物での外国との闇取引きを画策していた彼は大暴落の憂き目に遭い、一気に無一文となった。先の見えなくなった彼は自殺を図ろうとする。死から立ち上がったはずの青年が再び死へ向かう、というのがこの作品である。
かつて吉見円八郎は高男に、商売において「弾丸(たま)の届かんところを狙ったらあかん」と警告していた。彼は明らかに吉見の警告から逸脱していた。作品のタイトルを彷彿させる重要な言葉だと言えよう。