中原清一郎『人の昏れ方』 2026年3月
矢崎晃が成人を迎えた翌日に父の徹志が縊死体で発見された。徹志と親しかった神崎勝の話では、徹志は敗戦で満州から帰国するなか先妻と4人の子ども、さらに母親を失った。徹志は亡き妻の遺言で帰国後後妻をもらい、生まれたのが晃である。
晃はその後新聞社の報道カメラマンとなる。近所で通り魔事件、人質事件が起き、犯人の少年を晃はシャッターで捉えた。このとき刑事たちに見つかった彼はこの一枚だけを残し、それ以外のネガフィルムを刑事たちの面前で引き抜いた。新聞社のカメラマンとしての面子は守った。そして未成年の写真であれば新聞に掲載されることはないだろう、との晃は高を括っていた。ところが会社は世論喚起のため新聞掲載を決定する。晃はたった1枚のネガフィルムに切り込みを入れた。だがそれが後に発覚。彼は資料係に配置転換され不遇の身をかこつことになる。
その彼に再びチャンスがやってくる。旧ユーゴスラビアの分裂である。それを取材する役目が彼に与えられた。現地の運転手として採用されたのはパウラという、38歳の女性。彼らはセルビアのコソボに入る。宿を提供してくれたペリッチ夫妻を通じて、晃はこの土地の置かれた厳しい状況を知る。そして夫妻の優しさにも触れるのだった。そして晃は写真と記事を本社に送るが、ルポ記事を見ると記事の署名は晃の名前でなく、現地取材をしていない記者の名前になっていた。ベオグラードに記者が派遣されているからには、体裁を保とうとの上層部による判断がそこにはあった。組織に属する人間としての苦汁を彼も味わう人間だったのである。
その後退職し60歳を越えた晃は、遺品整理会社に就職する。そのときのチームリーダーが七生渚という若い女性だった。亡くなった人の部屋を異臭のなか進める作業は決して楽なものではない。あるとき、彼は訪れた人の部屋にかつて自分が撮影した人の写真を見つける。かつて山水商事の会長を務めた山峯聡。部屋はすっかり片付けられていた。かつて父の徹志も自殺する際に部屋を綺麗に片付けていた。山峯の場合、会社の粉飾決済が後に明らかになっており、彼が家族と縁を切り孤独死をしたのはそのためだったのだろう。これを契機に晃は仕事から手を引いた。そして七生渚との連絡もつかなくなった。彼女は子宮頸がんのため亡くなっていたのである。生前、彼女は一度晃を飲みに誘ったことがある。そのとき彼女はバンダナをとって禿頭を見せたが、これは病気のためだったのだ。そして彼女は、遺品回収の仕事の中で廃品となったものを秘かに拝借し、それを自宅に飾っていることを告白していた。「じゃあ、その時は、おじさんがもらってちょうだい」と彼女は冗談まじりに語っていたが、これは死期が近いことを察した彼女の遺言だったのではないか。
この作品は2017年に刊行されている。著者が68歳で急逝したのが2021年。この作品のタイトル、内容は著者そのものの遺言と捉えるべきなのだろう。