佐多稲子『キャラメル工場から』 2022年5月
主人公ひろ子は11歳。もともと成績優秀であった彼女がキャラメル工場への就職をするようになったのも、もとはと言えば思いつきで物事を決めてしまう父親のいい加減さがきっかけである。
最初の妻とは死別し、二度目の妻とは結局離婚してしまう過程の中で生活が行き詰まりを見せ、在京の叔父が病気となり、父は退職して上京後就職するものの、失業して一家は困窮に陥る。その中で父親がひろ子に提案したのは、小学校を辞めキャラメル工場に就職することである。父親がその工場に決めたのはそこが多少世間的に知られていたからであって、職場まで電車で40分かかり、その電車代を差し引くと結局お金が残らないことについては後から気づく始末である。当初この父親は、「すこし遠いけれど、まあ通って御覧。学校の方はまたそのうちどうにかなるよ」と言っていた。「どうにかするよ」ではないところに、この父親の自覚のなさがうかがえる。
ひろ子の勤めた工場は門限の7時に遅れると中に入れず、結局休みとなる。日給制であるためこれは大きく響く。彼女は4、5日前に初めて遅刻した。
会社は前日の成績表を掲示する。優秀者3人と劣等者3人を貼り出し、作業員たちに競争意識を植えつけるためである。給料は日給制から出来高制に変わった。ここにも会社の思惑は透けて見える。学校にいた頃は優秀者として名前が貼り出されていたひろ子も、こと作業に関しては年少者であることも災いして劣等者として貼り出される常連である。彼女は何とかこの位置から抜け出したいと願っている。
ひろ子の家はもともと経済的には恵まれていた。そのことを象徴的に示すものとして、彼女が所有するマントがある。だが、工場に通うようになると、彼女は女工頭の妹からマントが生意気だといって苛められた。この年端もいかない彼女に辛酸をなめさせているそもそもの原因は、紛れもなく無責任な父親なのである。
この父親はある日突然、娘にキャラメル工場を辞め、仕事を変えることを提案する。「からだが丈夫でないから気楽なところを」ということで、父親が見つけてきた新たな職場は住込みでの「チャンそば屋」(中華料理店)であった。そこで彼女はまた慣れない作業に従事しなければならない。
その彼女のもとへ郷里の学校の先生から手紙が来る。「誰かから何とか学資を出してもらうよう工面して――大したことでもないのだから、小学校だけは卒業する方がよかろう」というような文面だった。彼女は暗い便所の中で泣く。先生は「大したことでもない」と言うのだが、それはいまや彼女にとって途方もなく難しいことになっているのだ。