(209)『ゼ―ロン』

牧野信一『ゼ―ロン』  2022年9月

                小田島 本有

 新しい原始生活に向かう「私」が唯一処分に困ったものがあった。それが経川槙雄作のブロンズ製の胸像「マキノ氏像」である。そのモデルが「私」だった。いろいろ思案した挙句、「私」は竜巻村の敬愛すべき文学研究者藤屋八郎氏のもとにそれを運ぶことを決意する。
 それを運ぶにあたり、「私」は知り合いの水車小屋の主からゼーロンという名の馬を借りた。ところがゼーロンを借りに行くと、主からは「こいつ飛んでもない驢馬になってしまったんで……」と聞かされる。以前は名馬だったはずだが、今では図太くなってしまい主も持て余しているという。実際に「私」がゼーロンと行動を共にすると、確かに以前の面影はない。昔のことを想起させようと語りかけたりBallad(うまおいうた)を歌ったりしても全く反応はなく、強く手綱を引っ張っても効果が見られなかった。
 「私」は塚田村を通り越し、丘の上から次に向かう猪鼻村を見下ろす。「私」は「この頂きをちょうど巨大な擂鉢のふちをたどるように半周して、一気に村の向い側へ飛び越えるつもりであった」。途中の難所には盗賊団の穴居があり、その団長は「私」の知り合いだった。だが、「私」がかつて彼に一言もなく都へ立ち去ったことを彼は憤激していたという。また、この辺りには経川の「木兎(みみずく)」という作品を買収した牧場主の若者もいる。「私」は彼から「木兎」を観賞目的で借りたものの、それがたまたま同居していた大学生の遊興費の代償として差し押さえられたという一件もあった。さらに、「私」は地主の家で買収した経川の「鶏」という作品を、森の拳銃使い(団長)の手先となって盗み出した経験すらある。いずれにせよ、この付近は私にとって危険極まるところであった。だが、ゼーロンは思ったように動いてくれない。「私」の焦燥感は高まるばかりであった。
 そこへ、猪鼻村の方角から半鐘の音が聞こえてくる。しかもそれは例の団長が暗号法によって打っているのが分かった。彼は「私」に「鎧をとり戻したぞ」と伝えていた。それは「私」が負債の代償として地主の家に預けたものであり、「私」の祖先の遺物であった。「私」の老母はそのことで「私」に切腹を迫っているが、この宝物が取り戻せるなら長年の勘当を許す旨の書を寄越していた。そして、団長はさらに、「マキノ氏像」について、「生家に売れ、R・マキノの像として―。寸分違わぬから疑う者はなかろう」とも伝えてきた。Rとは10年前に亡くなった父親である。「私」の放浪生活も10年目を迎えていた。
 いったんは名案だと思い、「四人組の踊り(カドリール)」を踊っていた「私。」だが、ふと「こいつは―」と我に返った「私」は「鬼涙(きなだ)沼の底へ投げ込んでしまうより他に手段(てだて)はないぞ」と思い、実行に移そうとするところで作品は終わる。
 だが、この作品の巻末には「付記」として、「マキノ像」が友人たちの発企で保存されることになったことが書かれている。その間にいかなる経緯があったのか読者には伺い知ることはできない。